June 17, 2005

立山黒部アルペンルートツアーその4 扇沢行き特急バスで一気に麓へ!!

75c6219c.JPG 8:10頃、長野駅前は通勤や通学客でごった返していた。気のせいか・・・、女子高生や女子大生が多い・・・(ゴクリッ)。あとOLさんも多い・・・。別に私はお姉さん観察をしに来たわけじゃない。まあそれもアリ・・・なんだけど。東口のバス停に扇沢行き特急バスの乗り場があった。発車時間の8:30までまだ時間があるし、それにまだバスは到着してなかった。駅近くの売店で切符を販売していたが、聞いてみると往復のみだったので、バスの中で片道切符を購入することにした。8:20頃に1台のバスが入線。でもそれは白馬行きの別の特急ばすだった。そして2分後に私が乗る信濃大町、扇沢行きが入線してきた。よく見れば、これは松本電鉄(アルピコ)バス。でも運営は川中島バスだった。乗車時に運転席横の運賃箱に2300円投入して乗車券を受け取る。乗車券は降車時に運転手に渡す。前から3列目の左席に座り、靴を脱いでゆったりした。乗客は3人程度。凄くマバラ・・・。やっぱ平日だからか。でも空いてるからいいんだ!と。
 8:30にバスは出発。バスは白馬方面に向かう。左手には信州朝日放送。何とここにあったのかと。ただ、印象としては思ったよりも小さかった・・・。暫くは長野市内を走るので時折渋滞にも巻き込まれた。車窓からは、営業準備をしている自動車屋や工場で従業員がラジオ体操している光景を見た。暫くしてバスは山間部に入り、長いトンネルをくぐる。隣に犀川を臨む。何度か長いトンネルを通過したらいつの間にか白馬村を走っていた。それにしても本当に緑が綺麗で、空も碧く澄み渡る。長野ってこういう所がいい!東京にはない素晴らしい景色!羨ましい!恐らく国道19号線から白馬長野道路経由で国道148号線に合流してから信濃大町駅に来たのだと思う。途中から2人のお婆ちゃんが乗ってきて信濃大町駅まで乗っていた。それにしても本当にのどかな土地だなと。大町温泉郷からは乗客は僕たった1人!!貸切!!っぽい・・・状態。チャーター気分を浸り、終点の扇沢へ向かう。徐々に山に囲まれだし、傾斜も出てきた。信濃大町駅は標高712m。もともと長野県は標高が高い土地だ。終点扇沢は標高1433mにある。さすがに少し涼しい。ここは黒部ダム建設の際に資材搬入の為に掘られた大町トンネルの最前線基地だったところ。ここから難工事の末に黒部ダム建設のためのトンネルを掘って、資材搬入していた。現在は関西電力トロリーバスの出発駅になる。長野県側のスタート地点だ。
 いよいよドキドキワクワクなツアーが本番を迎える!!立山黒部アルペンルートや黒部ダムの歴史についてはまた後日、特集を組みたい。
 信濃大町から大町温泉郷を経由して扇沢まで約40分。ゆっくりではあるが徐々に高地にも慣れてきたところで本番開始!!



hrkzty1526bwv1068 at 00:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 15, 2005

立山黒部アルペンルートツアーその3 長野新幹線乗車インプレッション

6fff6452.JPG 大宮駅の新幹線ホーム。この時間になると、出張や出勤、そう、最近は新幹線で通勤や通学する人って凄く多いらしく、高い定期代を払ってまで(企業からは補助は出てるんだろうけど)通うそうだ。6:48頃、駅のアナウンスであさま501号長野行きが入線することが告げられ、まもなくE2系のあさま(N1)がやってきた。JR東海の700系やJR西日本の500系程の華麗さはない。しかし、程よい流線型で華麗さよりも内なる強さを感じさせるボディだ。東海道新幹線のような長大な16両編成ではなく需要にあわせたコンパクトな8両編成のN編成と呼ばれる車両(東北新幹線仕様J編成の0番台、1000番台は10両編成)だ。長野新幹線は当初は北陸新幹線の名で建設が始まったが、とりあえずは長野までの開業となり、長野(行)新幹線となった。開業は1997年10月1日。翌年の長野五輪開催による輸送力強化と、信州から首都圏へのアクセスを早める効果を狙った。そのかわり、信越本線の名物、碓氷峠越えは見られなくなった。しかし、峠の釜飯は現在も売れ筋商品となっている。
 6:50、大宮を出発。発車直後に気付いたことは加速の速さだった。東海道慣れしている筆者からすれば凄くトルクフルな加速だ。山岳仕様の新幹線の実力をいきなり見せ付けられた。熊谷、本庄早稲田を時速240kmで通過してあっという間に高崎だ。私が乗ったのは先頭8号車。唯一の普通車指定席。6〜1号車は自由席設定だ。8号車は乗車も少なく、結局終点まで隣に座る人はいなかった。高崎では隣の番線で東京行きのMAXが停車していた。自由席はサラリーマンで満席で指定に乗る人は少なかった。高崎を出るとあさまは6kmあたりで上越新幹線と分岐していよいよ難所と言われる碓氷越えを敢行する。ここから時速260km運転が始まり、E2系長野スペシャルの真の実力を炸裂させるのだ。安中榛名駅をいつのまにか通過。で、実は東北・上越は50Hzの周波数であり、東海道・山陽は60Hz。じゃあ長野は?となると群馬県と長野県は丁度周波数の違うエリアであり、長野新幹線は当然2つの周波数が存在する。東海道は東京まで60Hzで建設された。よってE2長野スペシャルは両周波数対応(長野五輪で臨時運用された200系も両周波数対応に改造)している。すなわち日本の新幹線で唯一、全国どこの新幹線でも走れる車両だ。もともと北陸新幹線として造られたのであるから将来的には必要なスペックだ。
 いつの間にか違う周波数になっていた?と思う内に最高30‰が約30kmも続く急勾配エリアを走破開始!碓氷峠までの高低差は約850m!この心臓破りの坂を時速260km近くを維持したままでグングン上ってく。正直、立たない限りはこれが急勾配であることが分からないくらいに自然に走っている。3つほど長いトンネルを潜り、軽井沢(7:33)に到着。駅前はスキー場をはじめとしたプリンスホテルだらけ。しかしホームには自由席を中心にサラリーマンたちが行列を作って待っていた。8号車は殆ど閑古鳥みたいなもの・・。
 このあさまは軽井沢から長野まで各駅停車になる。それでも(8:04)には終点長野に到着するのだから・・・。佐久平、上田と来たがここまでこの新幹線はトンネルばかりを潜っていて風光明媚な景色は殆ど楽しめない。それにしても段々通勤客が増えてきた。上田を出ていよいよ15.8kmの五里が峰TNを通過する。長野新幹線最長のTNだ。軽井沢からは緩やかに下ってきたので新幹線は通常よりも容量の大きい発電ブレーキを駆使しつつもかっ飛ばしながらここまできた。パワフルで足腰の強いE2系長野スペシャルだからこそ成しえる技だ。このトンネルを抜ければあとは千曲川を渡り、広大な長野盆地を見ながら、終点を待つ。いよいよ来たんだと実感する。同時に長野は何と近いのだろうと・・・。
 8:04、定刻どおりに長野に到着。この先は9km先に長野車両基地がある。また現在、飯山以北で工事をしている。長野を降りたときは本当に良い天気。記念に写真を何枚か撮影をして改札口に向かった。次は扇沢行きのバスに乗る。

hrkzty1526bwv1068 at 23:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

立山黒部アルペンルートツアーその2 出発のとき

fa8e420d.JPG 大宮から新幹線で長野に向かうわけだが、第一の関門は東武野田線の初石から大宮行きに無事に乗ることだ。家から駅まで約13分程度。乗る電車は5:44発だ。いろいろ準備して出るとなると、起床時間は4:30になった。前日、仕事から帰ってすぐには寝られない。準備がまだ済んでないからだ。寝たのは深夜1時半。仮眠程度しか取れなかったが、それでも全く寝ないよりはマシ!目覚ましを何重にもセットして、スヌーズオンでしつこいくらいに鳴るようにした。その甲斐があり、無事に起床できた。この時一抹の不安が襲う。前日から天気予報は午後から雨!予報。こいつはまずいとは思ったが、それでもかすかな希望を胸に予定通りに家を出た。
 初石駅はこの時間でも少しは人がいた。早朝に出勤する人だっているから。そして平日だから。これから大宮までの長い旅が始まった。1時間はこの電車で座っていなくてはならない。天気を心配しながら大宮へ。それでも、朝日がまぶしく、ひょっとして天気は持ち直すのか?と期待しながら電車は進む。春日部の手前あたりから通勤客が増えてきた。そして岩槻あたりから本当のラッシュ状態になってきた。平日だから・・・。大宮到着は混雑の影響で3分ばかり遅れたが、新幹線乗換えまでには少しは余裕がある。野田線ホームから1番離れた所に新幹線の改札口がある。これから自身、初めての長野新幹線あさま501号(6:50発)に乗るのだ。第一の楽しみが始まる。長野新幹線E2系と乗車インプレッションについては次回じっくり感想を!!

hrkzty1526bwv1068 at 00:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 14, 2005

立山黒部アルペンルートツアーその1

bbe5e576.JPG 生きてるうちにとは大げさかも知れないが、それくらいに行ってみたかった場所、黒部ダムを中心にアルペンルートを旅してみたかった。現実的には日帰りの一人旅という強行スケジュールでだ。富山まで抜けてしまうと日帰りはほぼ不可能だ。だから信濃大町から室堂(標高2450m)まで行き、また信濃大町まで下山するコースにした。行きは新幹線で長野まで出て、特急バスで麓の扇沢駅まで向かう。夕方には扇沢まで戻り、信濃大町から松本経由で国立まで出てその日は友人宅でお土産の焼酎をみんなで飲んでから1泊する計画にした。計画は実行1ヶ月前からしていたが、黒部立山貫光で働くスキー場仕事時代の先輩からの家族優待券のゲットが大幅に遅れたため、6月10日に決行がずれた。それでもまだ雪の大谷は11mの積雪があるようでまだまだ楽しめる。
 今度の日帰り旅行、ルートは東武野田線で初石から大宮まで乗り、大宮から新幹線で長野まで乗る。長野から特急バスが扇沢まで出ているので当時のくろよん計画の最前線であり現在は黒部トンネルの入り口の扇沢まで行く。そして標高2450mの室堂を折り返す。帰りは扇沢からバスで信濃大町駅まで戻り、今度は大糸線で松本まで行き、松本からスーパーあずさで八王子まで一気に行く。国立で下車して国分寺の友人宅で一泊する。
 この旅は、ダムや立山連峰だけでなく、初長野新幹線や初トロリーバスなど乗り物での移動をも楽しむ。移動すること自体を楽しむ。また長野県の風景を目で楽しむ。日帰りとは言え、実に内容も密度も濃い旅だ。濃縮カルピスを一気飲みするくらいに濃い内容だ。
 これから写真と共に長期にわたり、シリーズ化しようと思ってます。長期連載になること間違いなし。

hrkzty1526bwv1068 at 00:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

June 09, 2005

ドイツ1番乗りだ!!

 2006年、日本がドイツに殴りこみ!!これはサッカーW杯のことだ。今日、日本はバンコクで無観客という極めて特殊な環境で、北朝鮮と戦い、後半、柳沢と後半鈴木と交代しての出場の大黒が、ゴールを決めて2対0で勝利!日本各地のスタジアムやスポーツバー、飲み屋では歓喜の渦に包まれた。知らないもの同士が、この時は日本のW杯出場決定に抱き合いながらまたハイタッチで喜びを分かち合った。今の日本は、正直言っていいニュースがないし、活力もあるとはいえないが、この時は、日本人はこんなにもエネルギッシュで活力に満ちているんだと言わしめた。柳沢の得点は、ゴール前での激しい競り合いで、気持ちでねじ込んだ柳沢らしい得点で、大黒のゴールは大黒の天性とも言えるポジショニングの旨さとスピードが北朝鮮ディフェンスを完全に抜き去ってあっさり決めた。中東勢の戦術はカウンターサッカー。ボールを奪ってからの攻撃の速さは、度々日本を苦しめてきた。DFラインを3人か4人かで迷い、それがカウンター攻撃の格好の餌食となったのだ。しかし、中村を自由に動かすための4・4・2の布陣は、機能せず、中田英を全く生かすことができなかった。結局、慣れ親しんだ3・5・2布陣で中田をボランチに据えた。戦術で切磋琢磨して出来上がった布陣で、バーレーン戦に勝利した。しかし、警告の累積で中田英、中村、アレックスが北朝鮮戦には出られず。苦戦が予想されたが、結果は快勝だった。実は仕事でTVは見られなかった。だから非常に残念だ。それでも、中田英をボランチに置いたことでむしろゲームメイクがしやすく、また中盤が強化されて、さらに攻撃参加もするので、よくよく考えれば、これが一番良かったのではと。最近のサッカーはトップ下ではなくボランチでゲームを組み立てるサッカーになっている。フェイエノールトの小野も活躍している。中田英はパルマ時代、ボランチで起用するプランデッリ監督と意見対立してフィオレンティーナに移籍するも後半は出場機会が減り、来季はパルマ時代のプランデッリ監督が就任確実となり、またまた不安要素発生だ。しかし、ボランチ中田も悪くないとは思う。

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Profile
はらーちょ
1972年7月21日生まれ
京都府長岡京市出身

まだ物心つかぬ間に滋賀県大津市に移住。
大学進学まで過ごし、専門学校卒業後にやっぱ大学進学。
大学卒業後は再び滋賀で就職するも丸2年で退職。
職を転々として、千葉県柏市で独立!!
次なる野望を考えつつ、現在に至る。

次なる野望はバイク免許取得!!なんて考えてみる・・・。
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